こんにちは。
今回は、元競泳選手の萩野公介(はぎの こうすけ)さんを取り上げます。
オリンピックなど数々の世界大会でメダルを総なめにしてきた萩野公介さん。
惜しくも2020年8月に現役引退されています。
そんな萩野公介さんの実家の家族構成(父親、母親)が気になりましたので調べてみました。
さっそく見ていきましょう。
萩野公介の実家の家族構成は3人
出典:https://sports.yahoo.co.jp/
萩野公介さんの実家の家族構成は、3人で次の通りです。
・父親(洋一さん)
・母親(貴子さん)
・萩野公介さん 1984年8月生まれ
萩野公介さんが、水泳を始めたきっかけを 次のように語っています。
生後わずか半年で母に連れられてベビースイミングに通い始めた
引用元:https://www.sponichi.co.jp/
萩野は小学校1年の夏から小学校2年の終わりまで父親の仕事の都合で愛知県名古屋市に在住していた。
スイミングスクールに入るが、そのスクールの入校条件が『自由形、平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎの四泳法を泳げること』だったため、萩野は必死にバタフライを練習したという。
萩野自身は「名古屋時代がなければ今の自分はいない」と語っている。
小学校低学年だった萩野公介さんは、当時からとても努力家だったということですよね。
その時の経験が世界で活躍する競泳選手を生んだのですね。
萩野公介の父親は設計士
出典:http://www.asahi.com/
萩野公介さんの父親の洋一さんの職業は、一級建築士です。
設計士の父は東京勤務だが、満員電車に乗るのが嫌で、
公介が生まれる前に縁もゆかりもない小山市に居を構えた。
引用元:https://benesse.jp/
とありました。
父・洋一さんは、萩野公介さんの幼少期について次のように語っています。
「2歳になったばかりの頃、誰も教えていないのに犬かきのようにして泳ぎ切った。その時、この子水泳に向いているかもと思った」
だが母はそれ以上に、3歳になっても「トト(お父さん)」と「カカ(お母さん)」しか喋らないのが気がかりだった。
心配する母親とは反対に、父親は、平然としていたと言い、
その理由について、
「だって表情がとても豊かでしたから。自分の意思を言葉ではなく、体や行動で十分すぎるほど示していました」
と話しています。
両親は子育てについて、
横並びの子育てをしない強さが両親にはあった。
二人は真っ白な状態で息子を育てようと、公介の興味をもったことは何でもやらせた。
スポーツだけでなくピアノ、英語、学習塾…。
とありました。
子供の興味の示す事を否定せず、好奇心を大切にする立派な父親だったのですね。
とても参考になりますよね!
萩野公介の母親の年齢は?
出典:https://athleterecipe.com
萩野公介さんの母・貴子さんは、2014年の記事で50歳となっていましたので、
現在は60歳くらいではないでしょうか。
萩野公介さんが、幼稚園の時に“選手育成コース”に入らないか、と勧められた際には、
選手コースは毎日通わなければならず、他の遊びや稽古は出来ない。
母が公介に問うと、即座に「やりたい」と告げた。
「この時に、私の時間はすべてこの子に与えようと決めました」
引用元:https://benesse.jp/
以来10年以上、母親は、毎日往復4時間かけてプールまで送り迎えを続け、
遠路帰宅した父は息子の水着の洗濯係を務めた。
と明かしています。
母親も萩野さんをサポートすることに、全ての時間を注いでいたのですね。
両親の愛情が伝わりますよね。
萩野公介の両親は水泳と無縁
出典:https://president.jp/
萩野公介さんの両親は、水泳とは無縁だったそうです。
僕も妻も運動はしていなかったので遺伝的な要素はゼロ。
親が一番びっくりしています
引用元:https://benesse.jp
と話しています。
全く知識や経験のない両親だったからこそ、
先入観が一切なく、純粋にサポートに徹することができたのかもしれませんね。
萩野公介の実家の家族構成は3人!父親は設計士で母親の年齢は?両親は水泳と無縁の一人っ子育ち! まとめ
2020年に現役を引退後、大学の教員を目指し日本体育大学へ進学した萩野公介さん。
その立ち止まることのない探求心や情熱の源には、
愛情深く育ててくれた両親の存在があったことが分かりました。